子供が大人の会話中にうるさくて困った時。
「なんてうるさい子なの、直ぐに静かにしないと承知ないよ。」
あるいは、
「何を話したいの?」
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子供が決められた約束事を守らない時。
「何度言っても約束を守れない子ね。どうしたら守れるようになるのか?」
あるいは、
「なぜ守れなかったの? 何か理由がある?」
子供を叱る時に、子供の人格に踏み込んではなりません。
「あなたは意地悪だ、うるさい子だ、守れない子だ」これらは不要なことばです。この部分を取り除くだけでもずいぶんと違ってきます。
私たちは、自らが親として持っていることばの力を、子供を呪うのではなく、祝福するために使いたいと思います。
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親が子供に、ことばで語りかけることによって、子供は、ことばによって自分を表現することを学んでいきます。
子供を抱っこしながら、散歩しながら、どんな時でも語りかけてあげるのです。
その時には、「指示的なことば」よりも「共感的なことば」で語りかけるようにしましょう。
「あれをしなさい、これをしなさい、これはだめ、あれはだめ」という指示をすることばではないのです。
むしろ今一緒に見ているもの、聴いているもの、体験しているもの、それらを親自身が考え、感じていることをことばで表現してあげることです。
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指示よりも共感
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散歩中にきれいな花を見れば「きれいな花だね」風が吹いてきたら「気持ちのいい風だね」、転んでしまったら「ちゃんと前を向いて歩きなさい」よりは、「痛かったね、一緒に歩こうね」と言った方が共感的ですね。
私の一番下の女の子は、とても自分をしっかり持っています。ということは、大人からみると頑固に見えたり、わがままにみえたりします。しかし、それは自分を持っていることなのです。
まだ四歳くらいだったと思いますが、何かの薬を飲む必要があったのですが、そのシロップがおそろしくまずいわけです。一度目に飲んだら、二度目は飲みません。娘は、まるでここに人生をかけているかのように全身で飲みたくないという意思表示をしてくれます。しかし、ここで子供の未成熟な人格を親が補う必要があります。子供の人格を尊重して、飲みたくないのなら、それでいいとは四歳の段階では言えません。
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私は、とにかく語りかけます。なぜ薬を飲むことが必要なのか? 「良薬口に苦しだよ」と分かるはずのない表現までして、とにかく飲む理由を説明します。そして、なぜ飲みたくないのかもしっかり聴いてあげます。そしてこんなまずい薬を飲みたくないのは当然だと共感してあげます。最初は、まったくことばは耳に入らないのですが、しばらくすると娘が耳を傾けはじめたのが分かりました。そして、ついに娘は自分で納得して、飲むことを選びました。四歳の子供でもしっかりと考えて選ぶことが出来るのです。
これは説得とは違うのです。説得ではなくて、あくまで娘が自分で考えて選ぶということなのです。
子供のことばに耳を傾け、共感し、そして理由をしっかりと説明すると、たいての場合、子供は自分で理解して、正しい道を選んでいきます。
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さて「聴く」ということです。子供のことばを育てる一番の秘訣は、なんと言っても聴くということです。聴けば聴くほど、ことばは引き出されてきます。
子供が小さくてことばが話せなくても構いません。それでも聴いてあげてください。
ちなみに「聴く」であって「聞く」ではありません。「聞く」は、単に音声として、情報として、そのことばを聞きます。
「聴く」は、漢字のごとくに、十四の心をもって耳を傾けるのです。「傾聴」といいますが、心を傾けることが、聴くことなのです。
そこで、聴き上手になるためには、どのようにしたらよいでしょうか?
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心を聴く
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子供は小さければ小さいほど、ことばが明瞭ではありません。新生児のことばは、泣くことです。ですから、特に母親は、この時期に必然的にカウンセラーの訓練を受けます。この泣き方は、オムツかミルクか? 何だろう? 子供がはっきりと、僕はミルクが飲みたいんだと言ってくれたらどんなに楽でしょうか?
しかし、親は子供の全身を観察して、この子は何を言っているのかをキャッチしようとします。ほとほと分からないこともありますね、しかし、この分かろうとする姿勢が貴重なのです。
思春期になると、子供は親からみて理解不能なことば、服装、行動をし始めます。
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そんな時には、この訓練が役に立ちます。「この子は、何を訴えているのか?」とにかく聴こうという姿勢を持つことなのです。全身で子供のことばを理解しようとするのです。
最初は、目に見える状況から入ります。オムツでもミルクでも痒い所もない。そこから今度は心を見始めます。ならば何か不安なこと、恐怖感を感じるようなことがあったのだろうか? などと外側の状況ではなく、心のことばを聴き始めるのです。
「聴く」という作業は、ここからスタートします。とにかく一生懸命に心のことばに耳を傾けるという姿勢なのです。これが尊いことです。
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井戸から水を汲み出すときに、まず呼び水を入れます。子供の心の井戸にも沢山のことばがあるのですが、呼び水を入れてあげると、豊かにことばが出てきます。
呼び水とは、尋ねることです。日本語では、聴くことと尋ねることが同じことばで表現されます。道を尋ねる、道を聴く、同じ意味です。つまり聴くことは尋ねることです。聴き上手は尋ね上手なのです。
新生児にも尋ねてください。そしてうなずいてあげるのです。それは、私はあなたのことばを聴きたいんだよ、ということを分かってもらうためです。
ちなみに子供が尋ねられても答えられないことがあります。それは、
「なぜ、こんなことをしたの?」と問われることです。なぜ、お皿を割ったの? なぜ言うことが聞けないの? なぜ静かにできないの?
このような質問は、子供には答えられないのです。たいてい黙って下を向いてしまいます。それは「なぜ、ここにりんごの実がなっているのか?」と問われることと同じで、りんごの木だからりんごの実がなるとしか答えようがないわけです。
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聴き上手は、 尋ね上手
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静かに出来ないから、出来ないのであって、その行動に対して「なぜ」と問われても答えようがありません。
しかし、行動に問いかけるのではなく、心を聴き始めると、ちゃんと理由が分かってきます。
「りんごが好き?」と尋ねたら、答えが返ってきます。「りんごのどんな所が好きなの?」と尋ねたらもっと答えが返ってきます。
尋ね上手とは、相手の人格を尊重した問いかけです。
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何を考え、判断し、選んでいるのか? どう感じているのか?
相手の心(人格)に対して問いかけると、ちゃんとボールは返ってきます。
何が好きなの? どっちが好きなの? どう感じた? 嬉しい? 悲しい?
「なぜ、歯磨きをしないの?」と尋ねられても子供は答えられません。それを「なぜ、歯磨きをしたくないの?」と尋ねてると答えが返ってきます。
この違いは、「しない」という行動ではなくて、「したくない」という心に焦点を当てているからです。子供は、行動に関して尋ねられても答えられないのです。むしろ心を聴いてくれると、答えられることが多いのです。
このように心を聴くようにすると、ことばが引き出されてきます。
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もう一つの聴き上手、それは親が子供の鏡になってあげることです。
子供のことばを同じように反射させるのです。それによって子供は、自分の人格が受け入れられたこと、理解されたことが分かります。これはとても嬉しいことです。さらに、自分のことばを通して物事を客観的に考えることが出来るようになります。
子供が「困った」と言えば、「そう困っているんだね」「悲しい」言えば、「そう悲しいんだ」と。
問題を解決しようとする前に、まず共感してあげましょう。そして共感している印として、同じことばで返してあげるのです。
あなたの言いたいことは分かったよ、ということを伝えるのです。
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子供の中には、問題を乗り越える力が潜在的に備わっています。親が答えをすぐに提供すると、その力は育ちません。しかし、共感し理解してあげると、子供が自分で考えて、問題を乗り越えていく力を得ます。なぜなら生きる力とは、「愛されている自覚」から来るからです。
心と人格を大切に語り、聴く、これが子供のことばを育てることになります。
文:関 真士
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