HCC 夫婦04

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ニューライフ
夫婦と信頼関係 (夫婦04)


 さて今回は、前回取り上げた「潜在的な引きこもり」ということを念頭に置きながら、夫婦のコミュニケーションについて考えてみたいと思います。

夫婦

 よく聴きますが、ある妻が自分の夫のことを「あの人は人間という種族ではない、別の種族だ」「私の夫は宇宙人だ」「私の夫は火星人だ」と。なぜ火星なのかは分かりませんが、とにかく、理解不能な相手だという意味でしょう。夫の方では、妻のことを金星人だと思っているかもしれません。ということは国際結婚を超えて、宇宙結婚とでもなるのでしょうか。私の身近なところで、離婚をした夫婦がいましたが、やはり妻の方は、夫のことを「宇宙人」と言っていました。つまり、夫婦によってはコミュニケーションをとることは、それほど難しいということです。
コミュニケーションが取れてますか?

 なぜコミュニケーションを取ることが難しいのでしょうか。それには幾つかの原因がありますが、まず男と女という性の違いが頭に浮かびます。確かに男と女には、大きな違いがあります。男は目的思考、女はプロセス思考。男は論理的、女は感情的。ある本のタイトルにあったように「地図を読めない女、話を聴けない男」。これらに関しては、たくさんのエピソードがありますが、ここではその問題には焦点を当てないで、もっと問題の奥に突っ込んで行きたいと思います。なぜかと言うと、男女の違いがコミュニケーションがとれない原因ではないからです。むしろ違うからこそ意味があるわけで、夫婦が互いに補い合って一つの麗しい形を持つことが出来るのです。私は韓国の方と知り合ったことがあります。しかし言葉はお互いに通じません。個性も文化も違います。違いをあげたら幾らでも出てきます。しかし二人はとても良い関係を築くことが出来ました。言葉や文化でコミュニケーションを取ることは出来ませんでしたが、お互いが相手との出会いを喜び、尊敬し、理解し、違いを楽しもうとする心を持っていたので、良い関係を持つことが出来たのです。

 「違い」というものは、必ずしもコミュニケーションが取れない原因ではないのです。それは要因にはなっても原因ではないのです。育った背景の違う男女が夫婦になる、そもそも言語や価値観や文化の違い以上に、存在そのものが違うのですから。問題は、相手の違いを受け入れることの出来ない、自分自身の心の中にある「何か」なのです。
 夫婦のトラブルは多くありますが、多くの場合コミュニケーションが取れていない場合がほとんどです。トラブルを乗り越える以前の問題なのです。

夫婦

 聖書にある記述で創世記11章に書かれていますが、当時、人類は一つの言語でした。しかし、神は人間の高慢さを見て取って、言語を分けられたのです。そのためにお互いのコミュニケーションが取れなくなり、塔を作ることが出来なくなりました。この塔の名前をバベルの塔と言います。
 コミュニケーションが取れなければ、つまり夫婦の一致、子育てという仕事を継続することは困難になります。
 それでは根本的な原因を探るまえに、正しいコミュニケーションとは、どのようなものかを考えてみたいと思います。それは、自分の伝えたいことが、そのまま何の変化もなく正確に相手に伝わることです。さらに相手の伝えたいことが何の変化もなく正確に自分に伝わることです。よくコミュニケーションは、キャッチボールだと言いますが、お互いが投げたボールが相手のグローブに収まって欲しいわけです。しかし、投げたボールがカーブしたり、フォークボールになったり、はては消える魔球になったりしては相手は取れないわけです。さらには野球のボールを投げたのに、相手に届く時にはバスケットボールになっていたりと、ミスコミュニケーションは、自分も相手も、投げたものがそのまま、受け取られないというジレンマなのです。その原因は、投げる方にも問題があるし、受ける方にも問題があるし、どちらか一方の問題か、両方かということになります。
 正しいコミュニケーションとは、その内容が良いか悪いかではなく、伝えたいことが正確に相手に伝わる、という関係です。正確に伝わって初めて会話がスタートするのですから、伝わらなければ会話のスタートが切れない、つまりどれだけ話し合っても、何の解決もなく、話せば話すほど関係は悪くなり、泥沼にはまり、完全に行き詰ってしまうのです。
 さて、夫婦の関係で考えた時に、どれだけ相手に自分の伝えたいことが正確に受け留められているでしょうか。またはどれだけ相手の伝えたいことを正確に受け留めているでしょうか。

トーク

コミュニケーションを取れない原因

 ここで二つの原因について考えてみましょう。一つは「聴く耳を持たない」、もう一つは「伝える言葉を持たない」、耳と口の問題です。

ギター

●「聴く耳を持たない」
 例えば、誰にでもあることですが、どんな時に耳をふさぎたくなりますか? 容赦なく責められる時、痛いところをズバッと指摘された時、あまりにも辛いニュースを聴いた時、などなど。
 それに対して、心が他のことで一杯の時、考え事をしている時、テレビドラマに夢中になっている時、突然話しかけられても、うわの空で返事をしてしまうことがあります。これらは耳をふさいでいるわけではなく、他のことを聴いているので、聴こえないのです。ですから反省すれば、いくらでも改善することが出来ます。
 しかし、聴く耳をもたない、というのは違います。反省だけでは変わりません。聖書の中にも、耳をふさいだという記事があります。使徒の働き7章57節です。それはステパノというキリストの弟子が、迫害する者に対して、彼らが心の中に隠し持っていた真実を指摘した時のことでした。迫害者は耳をふさいでステパノを石で打ち殺してしまいました。人は、隠している本当のことを言われる時、耳をふさぎたくなるものです。

「命に到る叱責を聴く耳のある者は、知恵のある者の間に宿る」

(箴言15章31節)

 イエスは、しばしば「耳のある者は聴きなさい」と呼びかけました。また旧約聖書において神の「聴きなさい」というメッセージは大きな意味を持っていました。(イザヤ44章1節参照)
 しかし、イエスに対して、聴く耳を持たなかった人々というのは、イエスの言葉が耳に痛かったのです。旧約時代の人々もそうです。なぜ痛かったというと、本当のことだからです。
 人生をごまかして表面的に取り繕って生きる人、本当の自分の姿と向き合おうとしない人は、真実な言葉を恐れます。その言葉から身をかわそうとします。相手が直球を投げれば投げるほど身をかわそうと話をはぐらかします。聴く耳を持たないで暴走している人は、どれだけ一時的に勢いがあっても、必ず自滅します。何かをごまかしているからです。
 私も妻に、痛いところを突かれたり、はっきりと直言されると、耳をふさぎたくなることがあります。一生懸命にその言葉から逃れようとすることがあります。しかし、意を決して耳を開くと、解決の道が見え始めます。
 聴く耳を持たない、という人は、その心に非常な恐れを持っている場合が多く見られます。誰でも嬉しいこと、楽しいことに耳をふさぐ人はいません。なぜ耳をふさぐのかと言えば、その原因の一つは、小さい時に、両親や先生から、言葉で傷つけられているからです。親から怒りやイライラという感情に満ちた言葉をぶつけられると、子供の耳はふさがれて行きます。
 以前のことです。ある8歳の女の子が家に遊びに来ました。なんだかボーッしています。話しかけても聞いているのかいないのか、かと思うと一方的に話し続けたりします。何か不安定なものを感じていました。ある真夜中のこと、近所中に響き渡る怒声が聞こえてきました。近所の人達が何事かと外に出てきました。たまたまた隣の実家に帰ってきた、その女の子とお母さんの声でした。まさに虐待でした。お母さんの金切り声が、その子供を責め続けていました。近所の私たちも何をしたらよいのか、ただその家の前で困惑していました。

遊び

 これは極端なケースかもしれません。しかし、例えばお母さんが、「~~ちょっとここに来なさい、あなた何でこんなことをしたの、どうしてか答えなさい、何その顔は、親に反抗するの!」などと、重要なことを告げられる時は、決まって怒られる時だと認識してしまうと、大人になってどうなるでしょうか。妻が真剣な顔で「あなた、実は大事な話しがあるの」と言われた時に、思わず耳がふさがれてしまうのです。ましてや、その大事な話が自分の態度や発言に対するものであればなおさらです。本能的に耳をふさいでしまうのです。 結局、耳をふさぐということは、自己防衛の一つです。自分が傷つくような言葉を聴きたくない、ということです。
 しかし、耳をふさいでいては、コミュニケーションが成立するわけがありません。いくら相手が一生懸命に伝えても、聴いていないのですから、どうしようもありません。あるいは早く話しを終わらせるために聴いたふりをしていることもあるでしょう。

泣き虫

● 「伝える言葉を持たない」

 これは、前回取り上げた潜在的な引きこもり、つまり本心を表現できない、ということです。「引きこもりとはコミュニケーションがとれない病気」と言われているそうです。ですから、潜在的に、本心を心の奥に引きこもらせている人は、他者とコミュニケーションが取れません。それでも人は、何とか心の叫びを知って欲しいので、その叫びを表現しようとします。しかし、そのままストレートに相手に伝えるのではなくて、違った形で表現します。不思議なもので、潜在的な引きこもりにある人は、本当に伝えたいことを、逆のことで表現する傾向があります。

ピエロ

 僕のことを愛して! と心の中で叫んでいるのに、皆が嫌がることをしたり。生きたい! と叫びながら、手首を切ったりする。
 皆さんは、自分の本当に伝えたいことを、そのまま相手に伝えられますか? 逆に表現することによって、自分の思いを相手に伝えようとすることはありませんか。特に日本人には、建前と本音の文化がありますから、本当の自分の思いをストレートに表現することに慣れていません。むしろ以心伝心のように、言わずとも、相手が悟ってくれるところに、自分への想いを確認しようとします。
 しかし、考えてみれば、言葉よりも、相手の心の奥を読んで、相手と会話をするのは、至難の業です。いつも言葉の裏を読んで、かけひきをしなければなりません。この人は「いらない」と言っているが、本当だろうか。この人は「いつでも来てください」と言っているが、本当は来て欲しくなさそうだ、などとなってくると本当に人間関係は疲れてしまいます。

 ある宣教師が日本の田舎で活動していた時、一軒一軒の家を廻りながら、「明日、教会の映画会に来てください」と誘いました。皆さん笑顔で「はい分かりました」と返事をしたので、会場は満杯だと喜んで当日を迎えたのですが、当然誰も来ません。これが日本人のコミュニケーションの取り方です。

猫

 相手に本当に伝えたいことを、ストレートに伝えることが出来るでしょうか。伝える言葉を持っていなければ、相手には何も伝わりません。
 さて、この伝える言葉を持たない、ということも自己防衛の一つです。本当のことを言って拒絶されたらどうしようと恐れます。だからこそ引きこもったのです。
 例えば、小さな子供が、自分の本心を表現したり、感情を素直に表現したときに、親がうるさい、何を考えているんだ、などと拒絶的な態度をしたならば、子供はやがて本心を表現することに恐れを抱き始めます。
 日本のひきこりの第一人者と言われる服部雄一氏によれば、日本人の六割から八割が潜在的な引きこもりだということです。それは小さい時から、親に本心を否定され、拒絶され、もう二度本当のことを言わないぞと、自らの心を閉ざしてしまったからです。そして、本心を出さない人のことを大人だと評価し、逆に本心を表現する人のことを大人気ないと評価する社会の価値観があるのです。

 お互いが思っていることを、そのまま表現できるなら、その表現されたことを、そのまま受け取ることが出来れば、つまり、開かれた耳と開かれた口、まとめると「開かれた心」を持っているなら、私たちは健全なコミュニケーションを持つことが出来るのです。

開かれた心を持つために

 閉ざされた耳、閉ざされた口、つまり閉ざされた心が開かれる時、私たちは初めてコミュニケーションを持つことが出来ます。これが出来れば、人生の中で起こってくる様々な問題に対して、夫婦が心を一つにして乗り越えることが出来るのです。
 イエスは、しばしば「耳のある者は聴きなさい」と呼びかけられました。その時に「耳のある者」としてイエスの言葉を聴くことの出来た人々は? それはイエスの前に、自らの弱さがさらけ出された人々でした。あるいは、イエスが「あなたは、わたしに何をして欲しいのか」と尋ねられた時に、本心をそのまま訴えることの出来た人とは? それは人生に行き詰まった人々、心から叫んだ人々でした。
 私たちの心が開かれる秘訣は、神と私とのコミュニケーションです。

イエスさま

 「あなたの御言葉は、わたしの上あごに、なんと甘いことでしょう。蜜よりも私の口に甘いのです。」    (詩篇119章103節)
 神の言葉は、決して私たちを傷つけません。私たちは、安心して神に向かって耳を開くことが出来ます。

 「立って大声で叫び、あなたの心を水のように、主の前に注ぎだせ。」    (哀歌2章19節)

 神は私たちが、叫び、心を注ぎだすことを待っておられます。私たちが、神が真の父であることを知る時、そして、この父は私たちに命の言葉を語り、心を注ぎ出せと言って下さるお方だと知る時、私たちの心は開かれます。

図案

話し合い

 夫婦のコミュニケーションは、お互いが開かれた心を持つ時に成立します。コミュニケーションさえ取れれば、たいていのことは乗り越えられるものです。
 相手の耳と口が閉ざされることのないように、私たち自身も父なる神の心をもって接していきましょう。
 また自分自身の耳と口が閉ざされることのないように、いつも父なる神とのコミュニケーションを大切にしましょう。
 その時に、あなたの目の前にいる人は、宇宙人ではなく、愛すべき人間となるでしょう。
文:関 真士

泉の会
  • 日時;木曜日  第一、第三、第五
    午前10時~
  • 会場;アルファ・ハウス
    (マノア・マーケットプレイスの近く)
    2832 Lowrey ave Honolulu、HI 96822
  • 連絡;関 真士 TEL988-4314

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