HCC 夫婦06

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ニューライフ
人格の尊重と支配 (夫婦06)


「神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。」

(創世記1章27節)

 さてこの一連の学びの中で、ことある毎に人格の大切さについて強調してきました。人格とは、「神のかたち」であり、人間が人間として存在することの証明と言っても過言ではありません。人間は人格があるから人間なのです。もし人格がなければ、もはや人間とは言えません。それほどに人格とは、存在の根本的なものです。
 人格とは具体的には、自分で考え、自分で判断し、自分で選び、自分で結果を得ていくという主体性のことです。

家族

 愛の表現は様々ですが、相手の存在を愛するということは、人格を尊重するということです。ですから逆に人格を尊重していなければ、どれだけ愛を説いても、それは愛ではなく、逆に支配となります。
 子育てにしても、夫婦関係にしても、全ての人間関係において、自分の人格を大切にすること、他者の人格を大切にすること、これが鍵です。自分の心が癒される、家族が癒される、人間関係が癒される、つまりどうなったら癒されたことになるのでしょうか。健康な心、健康な関係とは、どのような状態を指すのでしょうか。健康な心とは、自分を生きることが出来ること。健康な関係とは、お互いの人格が尊重されるということです。
 逆に不健康な心とは、相手に合わせて生きる、つまり相手に受け入れられるために、気に入られるために、良い評価を得るために、拒絶されないために、批判されないために生きることです。あるいは、相手に合わせることに疲れ果てると、逆に一切の他者との関りを拒否して、自分の殻に閉じこもり自己中心に生きるようになります。一見相手に全く合わせない生き方のように見えますが、これも相手に合わせる生き方の延長にあります。

 不健康な関係とは、お互いの人格を支配し合うことです。支配には二つのタイプがあります。

 一つは、強行な姿勢に出て、威圧的に相手を脅かすようにして支配する仕方。怖い顔をしたり、大声を出したり、脅かしたり、これは「あからさまな支配」です。ただしこの中には、自分が弱くなることによって相手の情を引き出し、相手の行動を支配しようとすることも含まれます。表面的には威圧的ではありませんが、実際には相手の選択の自由を奪うことですから、支配される側にとっては同じことです。相手が自分から離れないためにあえて病んでみたり(子供が自立をしようとすると鬱になる親が多いのも、支配の形の一つ)、この究極的な形として、相手を自分に振り向かせるために自殺を試みる場合もあります。ここまで来ると、弱さを使った威圧的な支配です。

 もう一つは「隠れた支配」です。これは、相手を過度にほめたり、情報を操作したりしながら、相手が支配されていると気が付かないように、支配していくものです。この支配の形によく出てくる言葉は「あなたのために」というセリフです。

灯台

ピアノ

 どちらの支配の形にも共通しているのは、方法は色々あっても結局は、自分の望むとおりに相手を動かしたいということです。相手が自分の望む通りに考え、判断し、選んでいくように仕向けていくのです。  しかし人格を支配されるということは、人間にとって最大の苦痛です。あまりの支配の強さに苦痛が麻痺してしまうこともあります。しかし何かのきっかけで抑圧された人格が爆発することがあります。いわゆる切れるということです。「良い子、良い人」が事件を起こすのは、それだけ人格が支配されていたとも言えるわけです。
 今回は家族の中において、いかに支配関係ではなく、お互いが人格的に自立した健康な関係を築くことが出来るのかを考えていきましょう。
 聖書に登場する、一組の夫婦を反面教師にしながら学びたいと思います。その夫婦はアハブとイゼベルです。この夫婦はまさに、今の言葉で表現すれば共依存関係です。共依存関係とは、お互いが人格を支配し合う関係のことです。

アハブという夫 ~裸の王様~
〈旧約聖書列王記の記事を参考にした物語〉

 彼はイスラエルの王様でした。権力を持っています。しかし、とても気が小さく自分で物事を決めることが出来ません。だから妻のイゼベルに決めてもらおうとします。それでいて自分の思った通りにならないと急に機嫌が悪くなって怒り出します。
 自分は一番偉い王様だと思っています。でも実は自信がありません。だから自分のことをほめてくれる人、崇めてくれる人、安心させてくれる人が大好きです。そのような人と一緒にいると落ち着きます。しかし、耳の痛いことを直言する人や、失敗したことを注意したりする人は嫌いです。
 自分が王様として自信を持っていると能力を発揮することも出来ます。しかしYesという人しか側に置きませんから、やがて必ず行き詰まります。
 アハブは裸の王様です。自分では権力があると思って満足していますが、実は周りの者達に操られているのです。

亀

不機嫌

 イゼベルという妻 ~隠れた支配~
 彼女は、夫アハブを満足させました。夫が欲しいものが手に入らなくて不機嫌になっていると、王の印章(王の権力)を使って願いを叶えてあげました。いつも夫が王としてのプライドに満足できるように配慮しました。しかし、すべて自分の思った通りに事は運びました。実際に国を動かしていたのはイゼベルでした。夫の心を操作するくらい簡単なことです。ほめて、崇めていればアハブはいい気持ちです。しかも、夫は実は何も決められない、自信がないことはお見通しです。
 やがてアハブが戦死した後、今度は息子、娘を自分の権力拡大のために利用するようになります。しかし最後まで自分が王になることはありませんでした。イゼベルの特徴は、「隠れた支配」です。表面的には、夫、息子が王様なのです。しかし、実際に王の権力を使っていたのはイゼベルです。
アハブとイゼベルの夫婦関係

 アハブは支配しているつもりでも、イゼベルに支配されています。イゼベルは支配されているように見えて、実は支配しています。この裏返しの支配関係こそ、夫婦関係における最大の危機なのです。
 アハブのような夫は、妻に王様の下僕であることを求めます。裸の王様のように、いつでも自分をほめて、崇めて、価値を認めさせようとします。妻がそのように振舞わないと怒り出します。妻がそうしなければ、他の女性にそれを求めます。

押しつぶされる

 ある夫は、眠る時も手をつないで欲しい、どこに行くにも一緒に行って欲しい、妻には仕事のことでも何でも話をする。いつも一緒にいて、とても仲が良さそうですが、妻が一度でもその要求に応えないと暴力を振るい出す。これはかなり極端な例です。

母と子

 しかし、多くの夫は、妻に王様の下僕であることを求めています。自分の何かを満たそうとします。それが満たされないと不機嫌になり、怒り、時には暴力にも発展します。一体何を求めているのでしょうか。多くの場合、母なる存在を求めているということです。いわゆる「母親探し」ですが、ここで言う母親という意味は、自分をほめてくれる、価値を認めてくれる、無条件で愛してくれる、いつも一緒にいてくれる、そのように自分自身がありのままで受け留められる存在ということです。夫がどのような母親に育てられたかは人それぞれですが、どのような原因があったとしても、妻を母親代わりにしては健全な夫婦関係は成り立ちません。
 このように表面的には王様のようで、権力を持ち、能力を持っているのですが、実は母親からの自立が出来ていない夫は、自分で考え、自分で決め、自分で結果を得ていくということが出来ていないはずです。もちろん自分ではそうしているつもりです。しかし、支配していると思っていても、実は支配されていることに気が付かない裸の王様なのです。

 悲劇的なことは、夫がアハブであると、イゼベルを生み出してしまうということです。

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女性の空手家

 イゼベルのような妻は、夫を自分の思いのままに支配しようとします。なぜなら母性があるからです。
 女性は、母性という素晴らしい神からの性質が与えられています。母性とは、この世で最も神の愛に近いものだとも言われています。ただし、その母性は、男性の持つ父性と一体となって初めて正しく機能するように造られています。夫が健全な父性によって妻を愛し、守り、正しく治めないと、妻の母性はバランスを失い暴走し始めるのです。暴走した母性は、夫や子供を支配するようになります。
 母親探しをしている夫は、妻に健全な父性を持って接することが出来ません。そこで暴走を始めた妻の母性は、夫の母親探しと噛みあってしまい、お互いの不健全な欲求を満たし合ってしまうのです。そしてお互いが自分の欲求のままに相手を支配しようとします。家庭の中で、夫と妻との支配権争いが始まります。
 また暴走した母性が子供に向かうとどうなるでしょうか。ある母親が子供のことで相談に来ました。明らかな母子の癒着関係がありました。そこで母親に子供を手放すことを勧めましたが、大変な怒りようでした。それは子連れの母熊に出会ったかのようでした。本人にとっては命よりも大事な息子です。息子のためならどんな犠牲も払うという覚悟を持っています。しかし、その母性は暴走している母性です。子供の将来の幸せを考えるなら、一日も早く自立させることなのです。息子の幸せのためならどんな犠牲もいとわないと言いながら、しっかりと息子を支配しているのです。本来、素晴らしい賜物である母性が、父性から切り離されることによって、暴走してしまい、支配する母性となってしまったのです。
 関係の持ち方を吟味する ~隠れた支配~
 夫婦関係だけを考えるなら、アハブとイゼベルの関係は、一見平穏に見えます。双方が満足しているわけですから。しかし、その満足は、不健全な満足感です。
 例えば、麻薬中毒者は、薬を打てば満足できます。しかしそのまま打ち続ければやがて死にます。アルコール依存症の人は、お酒さえ飲んでいれば満足です。他にも、物や異性やお金でも、不健全な欲求を満足させることは、その先には必ず破滅が待っています。
 アハブは、イゼベルを支配出来ていると思って満足です。イゼベルは、見事に夫を支配し、夫の持つ王権を自由に使って満足です。しかし、そのような秩序の乱れは、必ず破綻します。
 特に夫婦関係における問題は、子供たちにその影響が反映されるわけですから、一見、何事もないかのような夫婦関係でも、それが本当に健康なのか、不健康なのかを見分けなければなりません。

本音

 見分ける方法は、難しいものではありません。ポイントはただ一つ、「本音を話せているかどうか」です。
 例えば、夫婦ではありませんが、こんなことがありました。私の横にAさん、前にBさんが座っていました。AさんはBさんの間違いを正したいと思っています。でも直接伝えるには勇気がありません。でも気になって日々ストレスを溜めていました。Aさんが、私に一つの質問をしました。「先生、~~はどのような意味ですか?」私は、Aさんがその答えを知らないはずはないこと、その質問は、目の前にいるBさんに間違いを気づかせるために、自分の代わりに私に言わせようとしていることに気が付きました。
 皆さんは、この場面にどのような問題を見ますか? Aさんの問題は二つあります。直接本人に伝えることが出来ない心の弱さ。そして先生と呼ばれている者の権威を利用しようとしたこと。何気ない会話ですが、実は「隠れた支配」をしてしまっているのです。これは非常に大きな問題をはらんでいるのです。

 では、Aさんはどうすれば良かったのでしょうか。例えばBさんのいない所で「私は、~~に関してこのように思っている。Bさんは間違っていると思う。先生Bさんに教えてください。」このように言えば、支配にはなりません、と言うより支配できません。なぜなら私は状況を知り、自分で考えて判断する機会を得たからです。ここでAさんが「もし先生がBさんに言ってくれなければ、私はもう教会に来ませんから」と言ったとすれば、これは脅しですから「あからさまな支配」になります。

 「あからさまな支配」は見てすぐに分かりますから、比較的自分の人格を守るチャンスがあります。しかし「隠れた支配」は気をつけなければなりません。私たちは支配されたくないし、したくもありません。そのためには、考えていることをそのまま相手に表現することです。相手が状況を知って考えて判断するチャンスを得れば、支配はなくなります。
 「隠れた支配」をしようとする人に共通しているのは、自分の考え(本音)を話すことが出来ないということです。前述の件も、AさんがBさんに直接伝えることが出来れば、何の問題も起こらないのです。夫婦においてもお互いが本音で関係を持とうとするなら、支配関係は成立しません。親子関係もそうです。本音を伝えられないから、「隠れた支配」をするしかないのです。
 もし、私たちの中に、支配関係で成立させている関係がどこかにあれば、それは一つ一つ正しい形に変えていく必要があります。お互いが神のかたちである人格を尊重し始めると、人格は神のかたちですから、不思議と心が落ち着き、平安が来ます。そして今まで行き詰っていた関係に新しい風が吹き込んできます。

ハワイスタイル

夕焼け

支配から尊重へ

 アハブとイゼベルの夫婦関係は、イスラエルの国を滅亡へと導きました。私たちの夫婦関係も、国の存亡に関わる、人類の未来に関わるといったら大げさでしょうか。
 福音書に描かれているイエスの姿を思い浮かべてみましょう。一度でも、強制したり、威圧したり、従わせようとしたことがあるでしょうか。あるいは、隠れた所で人格を支配しようとしたことがあるでしょうか。
 人格を尊重されたからこそ、弟子たちは、イエスを裏切ったのです。一方で、弟子たちは、イエスのために殉教したのです。相手の人格を尊重することは、イエスが味わったと同じ、悲しみ、喜びを経験することにになります。そこには一人一人の人生そのものが、現れるからです。
 人間関係、夫婦、親子関係の充実は、いかに人格を尊重するか、いかに人格を支配しないか、という二つの面にかかっています。この問題に本気で取り組んでいくなら、必ず聖霊の助けがあります。そして必ず神の働きを経験します。神は、神のかたちが尊重されることを望んでおられるからです。そして私達はみな、「栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていく」のです。

文:関 真士

泉の会
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  • 会場;アルファ・ハウス
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