リニューアル日英合同礼拝
11月9日(日)朝9時半から礼拝開始 (登録必要)
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| HCCリニューアル・メッセージです。 | ||
| 神の宮は定められている所に建つ 11月9日2008年(日) 関真士牧師 3.04Mb(20分20秒の音声) |
| コミットメント・サンデー 11月9日2008年(日) 関真士牧師 0.00Mb(0分0秒の音声) | |
| 強くあれ、仕事に取りかかれ 11月2日2008年(日) 関真士牧師 5.23Mb(35分12秒の音声) | The Blessing of Giving 11月9日2008年(日) ラッセル比嘉牧師 3.50Mb(23分25秒の音声) | ||
| あまりの喜びのゆえに 10月19日2008年(日) 関真士牧師 5.11Mb(34分25秒の音声) | 主の宮に栄光が満ちた 10月26日2008年(日) 関真士牧師 5.90Mb(39分44秒の音声) | ||
| 足を踏み出せ、イエスに向かって 10月5日2008年(日) 関真士牧師 4.84Mb(32分36秒の音声) | ここは狭すぎる 10月12日2008年(日) 関真士牧師 5.66Mb(38分06秒の音声) | ||
| 英語部礼拝にて 9月28日2008年(日) 関真士牧師 3.80Mb(31分40秒の音声) | 信仰の旅の歩み 9月28日2008年(日) ラッセル比嘉牧師 4.10Mb(34分08秒の音声) | ||
だから私たちは、教会リニューアルを、霊的な成長の機会として受け留め、その信仰のプロセスを重要視する。
建物や献金額も重要なことである、しかし真の目的は、私たち自身が聖霊を宿す神の建物として成長することにある。その成長の結果は、神の領域にある。リニューアルが始まると、様々な出来事が起こる。その中で、私たち教会がどのように、その問題に取り組み、どのように祈り、どのように乗り越えたのかが重要である。それが私たちの教会の証しとなる。そして、その証しは真に神の栄光を現すものでなければならない。いや、そうありたい。
だから私たちは、「強いられてではなく、心で決めた通りに、喜びをもって、力以上のものを捧げる」のである。
時を得て、献金に関する聖書の教えを学んでいきたい。特にコリント第二の手紙8章、9章には大切な教えが書かれている。是非一読していただきたい。
だから私たちは、神との人格的な関係をより親密にし、聖霊によって心を動かされて奉仕に参加するのである。
私たちの信仰の実質は、神の御言葉に聴き従うことにある。影響力のある人の言葉や、態度によって左右されるのではなく、一人一人が直接、神から個人的に御言葉を示されて行動していただきたい。献金を含む全ての奉仕活動の動機は、神との個人的、人格的関係から起こされたものでなければならない。
だから私たちは、実行委員会が会衆に情報を開示すること、一方で会衆は情報を求めることが重要だと考える。
情報を流す立場にある方も、情報を受ける立場にある方も、正しい現状認識を「与え」「得る」ために全力を尽くしていただきたい。どちらか一方通行ではコミュニケーションは成立しない。もっと知って欲しい、あるいは、もっと知りたいという、この双方の思いが一つになってこそコミュニケーションは成立する。
では,なぜ『今』なのでしょうか?
専門家の教えによりますと、建物の許容積の80%が埋まった場合,それは充満状態にあると考えます。
英語部に於ける『モーニンググローリー礼拝』(7時45分開始)は充満しています。充満してしまうとこれ以上の成長は求められません。日曜学校の教室も既にいっぱいです。オフィス用として設けた部屋を解放してもまだいっぱいで、教会成長用に残されたスペースはわずかしかありません。このような状況下ですので、日曜学校にしろ,会議にしろ、使用する教室を常に必要に応じて変えていかなくてはいけません。英語部の礼拝参加者は約260名,日本語部礼拝参加者が約125名,そして日曜学校参加者は約137〜190名です。教会員全員が交われるだけのスペースが私たちにあるでしょうか?
車24台が駐車出来る駐車場は私たちの教会成長のために設けられました。しかしゲストの中には400メートルほど歩いて礼拝に来られる方がおられるのが実情です。日曜のみならず,駐車場の問題は一週間を通してあります。プリスクールが駐車場のスペースを子供たちの遊び場として使用している場合,10台分しか駐車出来ません。プリスクールによるイベントなど種々なプログラムがある時など、駐車場の問題は更に深刻化します。その他,教会の利用者数を考えますと私たちの教会のキッチンは圧倒的に不適切であることもお分かりいただけると思います。
今,歴史を振り返るかのように、 私を含め,関牧師も,聖霊によるリバイバルを求めているのです。私たちは沢山の人々がキリストに立ち返ることを望んでいます。私たちは壊れてしまった家族の絆がキリストによってまた結ばれる様を見たいのです。
山頂に登って命がけで祈り続けたあの三人の結核患者のように,私たちも聖霊によって放たれる神の奇跡を見たいのです。そのためにも私たちは真剣になり,真摯に互いを愛し合い,共にキリストにあって力強く成長し,そして私たちの世界を変えていくのです。