教会史

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  • 北米ホーリネス教団の開始
    •  フレンド教会(クエーカー教会の集会)の信徒であった佐久間英兄、岡本吾一兄、八尋丈市兄、矢野初姉で、中でも佐久間英兄と岡本吾一兄はロサンゼルス聖書学院に学んでおられました。
       その後、日本の中田羽後師(中田重治師の息子さん)がロサンゼルス聖書学院に留学なされ、若い神学生たちを集めて聖書研究会をされました。 間もなくして、中田羽後師はシカゴでの音楽伝道の学びのためにアメリカ東部へ行かれました。
       日系人教会はすでにカリフォルニアにありましたが、その中でも特に熱心な「三人組み」(平野俊雄、岡本吾市、佐久間英各神学生たち)が、カリフォルニアや日本で起こったホーリネス信仰(聖め)をめざした教会を創設しようという所から北米ホーリネス教団の歩みが始まりましました。(1921年頃)
  • ホノルルキリスト教会の歴史
    • 1926年 7月
        カカアコミッションの日語伝道を助けるために、ロサンゼルスから平野俊雄師が来布。ミッションの働きと同時にワイアラエの黒田フイ宅にて家庭集会を開始、また肺結核患者のレアヒ療養所でも聖書の学びをスタート。
        その後、1929年5月4日に3名の肺結核患者が病の癒しを求めて3日3晩タンタラス山中に篭り断食祈祷に専念、奇跡的に完全に癒されて下山し、そのニュースは当時の人々に大きなインパクトを与え、信者になる者が続出しました。
        その時、同じく入院中の肺結核患者、丹治英雄兄は信仰の再確認を神さまとし癒されました。
    • 1929年11月
    • 1932年 5月
        ワイアラエホーリネス教会はモイリリ地区の2591 S. King St.に集会所をリースして移転、新しくホノルルホーリネス教会の名で州政府に登録すると同時に、カカアコミッションを辞した平野俊雄師を主任牧師として迎え、独立伝道を開始する。
    • 1936年 -
        福田吉郎師が日語部牧師に就任。その後、日米開戦を迎えて加州の教会は受難の時を迎えるが、ハワイでは集会を継続することができた。
    • 1946年
    • 1949年
        これまでに大きく成長した英語部の初代牧師としてキルボーン・アーネスト師を迎え、本格的な英語礼拝が開始される。
    • 1952年
        H-1フリーウエイ建設のため教会は再度移転を余儀なくされ、Makiki地区の1422 Heulu St.に移る。この間、日語部は石野幹夫牧師へ、英語部は常石アーサー牧師、黒田章牧師へと交代し、やがて手狭になった教会堂のために新しい場所を探し始める。
    • 1959年 6月
        祈りは応えられ、紆余曲折の末Manoa地区の現在地に$75,000で教会堂を購入、翌年3月に献堂式を執行する。英語部は戸田ジェームス牧師、原ビル牧師へと交代。
    • 1969年 3月
        現在の礼拝堂完成。9月に日語部牧師として細見剛正師が赴任し、翌年KOHOステーションからラジオ福音放送を開始する。
    • 1972年 9月
        当教会出身の安次富ケネス師が英語部牧師に就任、1974年にパールシティハイランドに開拓伝道を開始、後にハイランドホーリネス教会(現ウエストオアフキリスト教会)の誕生を見る。
    • 1981年
    • 1982年 4月
        新教育館に合わせ、今までの教会名/ホノルル・ホーリネス教会(Honolulu Holiness Church)を改め、ホノルル・キリスト教会(Honolulu Christian Church)に変更することを決定された。
    • 1996年〜2005年
    • 現在
        2005年に関真士牧師を迎えた。 2007年に鈴木牧師引退によって、関真士牧師は教団本部より任命を受けて、ホノルル教会主任牧師として就任され現在に至っています。
        英語部の比嘉ラッセル牧師は2013年に辞され、現在、英語部の後任牧師を探しています。