説教 2016年1月


「わたしが道であり、真理であり、命なのです。」ヨハネ14章6節

 2016年、今年は、どのような年になるだろうか。ポストモダンの時代は、「答えは一つではない」というのが特徴の一つだ。本来、答えは一しかないはずであり、その前提で試験があり、答えを書いた。評価は単純に、○かバツ、たまに△しかなかった。

 例えば、日本の教科書では「1492年コロンブスのアメリカ大陸発見」と習ってきたはずだ。確かに欧米の歴史観から言えば『発見「である。しかし、カリブの人々の歴史観から言えば「侵略」となる。

 私たちは、欧米の歴史観に従った教科書から学び、それが唯一の正解だと教わったきた。しかし、欧米から見た『発見』も正解だが、カリブから見た「侵略」もまた正解なのだ。正解は一つではないのである。

 このような「正解が一つではない時代」は、1995年を境に、一気に加速したと言われている。つまりウィンドウズ95の発売である。それは本格的なインターネット時代の幕開けでもあった。わずか20年前の出来事であるが、それまで100年かかった変化が、一か月で変わる時代となった。ありとあらゆる情報が、机の前に座ったままクリックを3,4回すれば取り出せるようになった。

 それはそれで、物事の見方を偏らせず、また意図された情報操作に騙されないという、とても大切な恩恵をもたらしている面もある。

 一方で、このように正解が一つではなく、絶対と言えるものが存在しない時代にあって、実は人々は、「絶対と言える正解」をより強く求めているというのも時代の傾向なのだ。絶対と言えるものがないということは、立つべき所がないという、存在不安をもたらす。人々は今、「真理」を求めている。

 このような時代だからこそ、「すべての答えはイエスにある」ことを私たちは伝えていきたい。イエスこそ、真理なのだから。

関真士牧師

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